「東京五輪のエンブレムのデザイン問題」の議論のすべてがおかしい

デザインに盜用などあり得ない、もしくは全てが盜用だ

五輪エンブレム‐雑記帳 仕事柄、日常的に制作物の「デザイン」について悩ましている私たちにとって、今度の東京五輪のエンブレムのデザイン盜用?騒動は、論議自體が相當ズレていて、愉快な話ではない。先日のニュースではようやく〝一般公募?をスタートするそうだ。何がズレているのか。「デザインの盜用」、「著作権」、「公募選考?」、これらの全てがおかしい。

プロなら盜用?は自明の理(常識)のはず…じゃないのか
 デザインの盜用?って。私たちにとってそれは不可欠なだけではなく前提である。私たちは制作物のデザインコンセプトを考える際、最初に行うのが素材探し。まずどこかから材料を拾ってくるのだ(文字通り〝盜んでくる?という)。雑誌?書籍や絵畫、もちろん同業他者のものでも參考にする。根拠はいたって単純、いかなる新しい制作物もこれまでの人の営み(文化)の上に成立しているからだ。その営為を前提に新しいモノを立てる。この世界に存在しないものからは何も創れない。それゆえ制作物はそれらの素材そのものではなく、その上に立った制作者の「意図」の凝縮である。

そもそも「著作権」なんていうのは意味のない権利
 第2に「著作権」だ。まず、一番ズレた話は「商標権」という商業主義との混同だ。「商標権」は経済システムに組み込まれている。つまりモノのもつ経済的価値?が前提にあって、認知度その他の指標でその価値の算定が可能な仕組みにある。
 しかし「著作権」はそれとは違う。まず価値を前提としない。デザインでも絵畫でも他の蕓術でもそうだが、そもそも「著作権」は「商標権」と違って何の登録義務もなく、創作しただけで発生するのだからややこしい。「自分が創った」と言えば、それだけで権利が発生する。だからその性質上、算定可能な価値基準などつくれない。ゆえに経済的価値などは不明である。運よく商取引が絡んだ時にだけ発生する権利だ。

私たちが感覚的に使っている「デザイン」の本當の意味は?
 では、そもそもデザインとは何か? 一般的に日本語訳すればデザインは「形態」や「意匠」と訳されてきた。だがそれだけに限らず、人間の目的をもった行為や物?をより良い?かたちで適えるための「構想」「設計」「計畫」をも意味する…とされている。つまりデザインという概念は、対象(物?事)のもつ意匠に関する方向性をもった総體のことを表すのだ。ここまで言ったら何のことか分かるだろうか?

デザインの価値なんて誰も決めることはできない
 かのスティーブ?ジョブズは「デザイン」というものについて、明快な定義を示した。「デザインとは、単にどのように見えるか、どのように感じるかということではない。どう機能するかだ」と言ったそうだ。
 つまりデザインとは「美しさ」や「(誰かの)評価」や「人気」ですらなく、意図を持った方向性そのものを指すことになる。これを私流に先読みすれば「それに唯一評価や価値を與えることができるのは、時の文化や歴史」だということになる。このすごい洞察を前提とするならば?似てるか否か?などはどうでもよく、また、下らぬポピュリズムに裏打ちされた「選考」などという意味のない議論に終止符を打つ。

共通の素材で「獨自の価値」を生み出すのがプロだ
 そもそも、本気で仕事に取り組んでいるプロなら自明の理である。「○」や「△」といった〝安定系?の図形に個人の権利などはない。〝複雑系?の尾形光琳の「風神雷神」ですら盜作だからと騒ぎたてるものもいないだろう。その素材を生かしながら「獨自の価値」を生み出すのがその道のプロの存在意義で、獨自の価値観で日々淡々と仕事をしているのだ。この議論の本質は「庶民感覚」とやらも含めた「経済主義」(=損得にまつわる公平性?)を前提とした発想なので、誰がやっても的確な「選考」も「評価」も加えることはできないのだ。そもそもこの地點での議論は下品でありナンセンスである。



新しく組み立てること『自分の信念を扱う』

『全ての変化は良い方への変化である』

daiji-kokoro 2012年ころから「起こってきた」自己改革の意識。それは、自分の『信念』の総點検という形で進んできた。ウォルシュの『変えれば変わる』は2009年出版だが、久々に昨年から再読に挑戦。今回は「完全に理解して実踐」するため、いくら時間がかかってもいいからゆっくりやろうという意識が芽生え、一冊読むのに半年以上かかっていて、まだ終わっていない。

変えようとする『信念』(自分にとって根拠のない思考)とは何か。まずは前提としたのは自然に「やりたい」事=仕事だけを選び、楽しくすること。まだクリアできない理由づけが多すぎるが、それ以外を変化させることに取り組んできた。後の1~2年はそのことで流れも少しづつ変わり、當初は仕事の面でのマッチングやシンクロを通じた変化が起こり、當初のイメージ通りすすんできた。

しかし、石の上にも3年…というが、それを前後した昨年後半以降は良い変化より、「悪い」変化が立て続けに起こってくる。つまり、この変革イメージの礎として「ここだけは死守すべき」と思っていたことが急激に崩れていく。例えば、再構築の基盤にしようと考えてきた現在の優良顧客の離反。また確固たる実績のはずがその意味?価値を全否定させるような出來事など。これでは、そもそもの変革のよって立つ基盤自體が消滅したようなものだ。しかもこのようなことは過去に経験したことはない。

ここが『信念』というものを扱う醍醐味かもしれないが、昨夜ちらっと見たテレビ「プロフェッショナル仕事の流儀」で俳優?渡辺謙が、常に新機軸に挑戦するなら「これまで培った技術やキャリアや名聲の全てをチャラするつもりで、新たに取り組むしかない」と言っていた。その一言が觸媒となって、一挙に事の真相に迫ったような気がした。これこそが、変化の時代の取り組み方の基本だということだ。全てを失うかもしれないことを前提にするしかないなのだ。しかも失ってもいいのだ…と。

予想外の事が起こるたびに、いつもの「思考癖」で一連の出來事に対しての「分析」が頭の中で自動的に始まる。その「分析思考」のスタンスはいつも「この結果を避けるためにしておくべきだったことは…」だ。だが今回は、その出てきた根拠を思いつくだけ手帳に列挙して、全て「根拠なし」として×印をつけた。なぜなら「しておくべきだったこと」は、當初からおぼろげながらでも「必ず」知っていたことだ。知っていたのに「しなかった」。だが、知っていたこと=「知識」と言われるものこそ、情緒的で出所不明の「信念」だと気付いたからだ。正誤善悪などは関係ない。この『信念』自體が心に巣食うガンなのだ。ならば物事を進めるには、これを発見してここを変えることなのだ。従うのではなく…。

さらに重要なのはこれらの一連の最悪(と自分が判斷する)出來事で、理性に隠れた「自分で気付かない」古い信念に「気づいた」ことだ。つまり失った(と思う)出來事とは、その変革に不必要な「古い信念」が心の中にあるということだ。消す必要のあるのは出來事ではなく「古い信念」のほうなのだ。だから理解不能の出來事が起こるのだ。それを発見するために。理性はこれを避けるために古い思考を繰り返すが、魂は開放感を味わう。そもそも変革する必要がなければ、そんな出來事は起こらない。つまり「信念を変える」とはそういうことなのだ。この道程はわが神の壯大な計畫なのだ。
『全ての変化は良い方への変化である』



がんの精密検査を拒否して…『神秘』とのシンクロニシティ

 2014年をちょっと振り返ってみれば、自分の身の回りに関する二つの変化=出來事があった。一つは身體問題でもう一つは経営の行き詰まりに関する課題だ。この二つの変化は出來事としての関連はないが、その他のことも含めてこの一年はけっこう明晰な気づきの場を與えてくれたように思う。

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 一昨年には持病の喘息で20數年ぶりに入院した。この年は、前後してそれぞれ別々の健診で2種類のがんを疑われ、うち一つは入院を要する精密検査だ。果ては「認知癥」まで疑われた。今まで喘息以外で體のことで意識したことがなかったのだが、〝心?とはやっかいなもので、還暦前という年齢に直結させてしまって、不安と動揺を與えた。
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 そもそも「安心などは買うものではない」という意識が強いので、結局すべての精密検査を拒否することにしてもう一年以上になる。ただ不安が全く消えたわけではなく、この秋、便の出が悪くなったのを機に町醫者に行ったら、病院での精密検査を強要された。だがこの一連の騒ぎで逆に吹っ切れた。(この期に及んで…という感もあるが)〝信念の構造?をもう一度學び、〝視點の位置?を変えることで、ようやく起こっている事象の見え方と対処の仕方が変化した。再度「何もしない」と決めたのだ。
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 その視座から見れば、この年の経営不安も含めた別々の変化=出來事が連動して獨自の〝意味?を構成しているのがわかるようになる。その立ち位置を維持すれば、不安が消えて周りの景色がカラフルになり、気分が前向きになっていくのを感じる。今も下腹部に痛みを感じているが、それ以上に(それがあるから)前向きに進もうと思える位置だ。
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 そんな折、白石一文の『神秘』という小説に出會った。自分にとっては凄いシンクロニシティを感じて、この正月は久しぶりに読書に耽った。
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 物語は、膵臓がんの末期で〝余命一年?と突然宣告された五十三歳の出版社役員が、在籍中の月刊誌の編集部に、二十年前たった一度だけ電話をかけてきた、顔も連絡先も分からない自稱超能力者の女を、全てを捨ててさがす旅に出る。そこで様々な神秘としかいいようのないシンクロニシティを體験するというものだ。
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 といっても、オカルトやいわゆる〝スピ系?オタク好みの現実離れした體験の中から病気が治癒していくといった類の話ではない。そんな話は実話ならいざ知らず、小説としては茶番ですらない (実話であっても何の意味もないが)。事実、物語には病気が治癒したかどうかは記されてはいない。
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 『神秘』のエッセンスは、〝死の宣告?と同時にこれまでのしがらみを捨て、旅にでるうち、今までは風景でしかなく無関係と思われる人々が関係づけられ、ある方向へ導かれていく…というものだ。それはこれまでがむしゃらに立ち向かってきた世俗としての自分と、會社や崩壊した家族との絡みを、これまでと違った視點から見直していく旅になっていく。
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 この旅は目的も方法論もない。つまりどういう展開になるかわからない羅針盤のない旅なのだが、主人公は「私の身體は消滅へ向けてひた走っているかもしれないが、私の心は今こそ私自身に向かって歩んでいる」と感じ始める。この視點は告知以前にはなく〝死の宣告?という出來事を起點に初めて獲得し得た視點でもある。つまり手放した=委ねたことによって過去を含めた人生総體が、本來あるべき方向に徐々に動き出すプロセスなのだ。
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 主人公はもともと旅の最初から「生きたい」とは思っているが「死にたくない」とは思っていない。つまり〝生きる?ベクトルを持ちつつ〝委ねる?(しかない?)ことで最後には新しい地平に辿りつくのだ。終盤には「(自分の中にある?=私注)存在にすべてを明け渡すとき、私は『私』でなくなる。自分自身を完全に預けたとき『私』はもはや存在しない」と感じる


イベントで學び楽しんで、低迷期からの脫皮を

よい製品づくりだけでは “顧客満足”にならない

 今年前半の特徴をいえば、年度當初(春)に僅かに伸びてきた売上が一気に下降してきたこと。これまでネット営業を戦略の主軸において、ネットでは盲點の顧客とのコミュニケーション方法を模索して「良い製品(サービス)をより迅速に」できる仕組みづくりで、僅かに成果が出つつあった矢先でした。減少したのは、これまで成果を出してきてノーマークだった複數の既存客。年度替わりでってこともあったけど、つまり“顧客満足”とはよい製品づくりだけではダメだと改めて気づくことになりました。
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自社の課題を抱えながらのインターンシップ研修
 折しも毎年夏の恒例行事となった大學インターン研修。今年は地域の経営者団體からの要請を受け入れた結果、2つの制度から去年の倍の4名の學生受け入れることに。當初は一方で受け入れた場合、他方はお斷りするはずでした。業績悪化の課題解決を迫られているさ中、零細企業にとっては極めて負擔の大きい取り組みをなぜ? 第2四半期の営業會議はこの2點が論議の焦點でした。
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製品より大事な“信頼”というキーワード
 當社の “印刷関連業”という業態はサービス業であると同時に、一方では製造業でもあります。製品(企畫?デザインから印刷物)には“品質”という計測可能な指標があるのですが、実際の取引では、製品の「良し悪し」以上に會社や擔當者(人)を“気に入る”か “気に入らない”といった情緒的判斷に大きく左右されます。その根底を支えるのが おそらく“信頼”というキーワードになるのですが、この信頼は、當事者でも簡単に見えてこない仕事に対する姿勢や考え方に大きく依拠することになります。
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“信頼”を築くにはまず顧客との“共感”づくり
 で「信頼を得る」には…。端的にいえば仕事を通じた顧客とスタッフとの共感づくり。で、共感を培う原動力のひとつは“楽しさ”ということかも。仕事が仕事でしかないうちは、取引は「正?誤」「損?得」「駆け引き」の世界。これは雙方にとって戦いに近いものになってしまう。でもこちら側から「仕事を遊ぶ」ことをまず取り組んで、この“楽しさ”を顧客と共有できれば、その意識がスキルの向上とともに“信頼”へと伝播する道筋になるかもしれません。
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まず自分の仕事の世界を“楽しむ”ことから
 この數カ月「顧客満足の仕組みづくり」や毎年の「インターンシップ」などのイベントに取り組んできましたが、ある意味で「損得」勘定では測れない通常業務のにはないスキルアップの機會。財務的な営業判斷だけでは決して取り組めないことです。一致団結のための飲み會や、社員旅行のノリかも。違いはあくまで仕事のスキル向上だけど、でも気分をかえて少年(少女)時代の合宿のノリ…?で研鑽できたなら、この苦境を乗り越えるパワーとなって、“信頼から業績向上につながる…と信じてやっていきます。



負けたら“一巻の終わり”のコンペに參加する意味

?コンペ(competition)って

 よく私たちの業界で、受注に競爭方式にコンペ(ティション)というのがあります。つまり発注をする際、複數の業者から案の提出を求めて、提出された案の中から最も良い案を選ぶという一連の業務の流れのこと。選ばれた業者のみが仕事を受注できるというもの。業者のやり方によって結果が大きく変わる、建築、広告、デザインなどの分野で多く採用されています。
 つまり、一般競爭入札のように最低価格で落札するわけではなく製作に必要な金額を提示する。その分、コンペに參加する業者は仕事を勝ち取るために、コンセプト?企畫案をはじめ、デザインラフと作成等の実作業まで行う必要がある。
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當然1位のみ、2位(以下)じゃダメ。
 これは、私たちのように零細企業にとって相當な負擔ですね。ほぼ、受注した場合の製作ライン業務と同じかそれ以上の作業をこなして提案する。しかも1位になって初めて受注できる。「2位(以下)じゃダメなんですか」って當たり前でしょ。スタッフの人件費もそうですが、部分的にでも外注に頼んだりすると完全に赤字だからね。
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日常業務最優先、時間外手當なし、リタイアなしの條件で…
 でもフジイ企畫では、スタッフのスキルアップのために、無謀にも何回か挑戦してきました。ただしエントリーした以上①仕事が入ったらその業務が最優先、②時間外手當なし③リタイアなし…という前提です。こんなの労基法違反ですが、そうでなければ取り組めません。でも落札したら特別ボーナス。
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しかしこちらも“選考する側”を吟味します
 コンペとはこのような高負擔のため、“參加する、しない”を考えるにあたっては、絶対に考えるべき営業スタンスがあります。まず第一に、選考する団體や企業の擔當者に「內容を評価する能力があるかどうか?」「ラフ提案內容とは別にかなり低い金額を提示した業者に対してどのような判斷をするか?」など、こちらもキッチリ相手を選別してから取り組みます。実際、提案書やラフを既定外に省略してその分単価を1/2に下げて落札したケースも実際ありました。こんなのは論外、コンペではなく価格入札でしょ。ただこちらの見る目(戦略負け?)がなかったのですが…。
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絶対不利なのになんで參加を?
 そうでなくても実際コンペには“有利、不利”が絶対にあります。ただ不利であっても負擔が軽く、何らかのスキルを試す必要がある時、それを好機に參加する場合があります。今回久々に、このような気持ちでコンペに參加しました。それが同友會の『経営指針確立?成文化マニュアル』改訂版。內容は『見積もり価格』と『自社の強みをどう生かすか』というプレゼンテーマだったからです。ちょうどこの春に営業計畫を見直したばかりなので、これを発表するいい機會。これならスタッフに負擔がかからず、仮に負けても(いや狀況的に勝てる公算は低い)意味があると思ったからです。
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負けても活かせる道があるなら意義がある
 參加してみて…やっぱり。それぞれの會社の印刷方式や単価の出し方、出稿入稿方式の確認など、およそ「自社の強み」とは関係なく、普通印刷會社ならどこでもできるスキルを確認するのみ。各社に対して出る質問も違う。それらについては「こちらもすべてできますよ」…ってとこだけど。フジイ企畫のプレゼンは、自社の得意分野と會社の強みを引き出すためにどんな取り組みをしてきたかをレジュメにして報告。でもほとんどそのことの質問がなく、やっぱり場違いだったかな…と。 しかし、これを整理するために2~3日かけたおかげで、約半年論議した営業會議の整理ができ、6月度の編集セミナー(テーマ=「営業計畫と広報方針」)のテキストとしても利用することができました。このセミナーの予行演習?のおかげで人に伝える新しい課題も発見、いい勉強になりました。


広報の成果はお客様のもの。だから印刷物の安売りはしません

この春、初めて擔當される方でも
広報紙づくりは楽しく〝ラクラク?
 3月もぎりぎりまで寒い寒いと言いながら、ようやく春めいてまいりました。4月からはいよいよ新しい2014年度ということになります(フジイ企畫の年度は1月から12月末までですが)。春と言ったら人事異動の季節でも。私たちのお客さまも、擔當でおつきあい頂いた方が何人か交替されます。

 で、この時期は“引き継ぎ”というのが一つの節目の仕事となります。これまで、お付き合いいただいたお客様にご満足いただければ、引き継ぎがスムーズになりますし、引き継ぎのお話がなければ“おわり”ということもあります。

広報紙の品質はお客様の成果です
 私たちの“商品”はコミュニケーションツールとしての広報紙づくり。難しく?言えば、広報物を通してお客様がやりたい(やるべき)目的に沿って最大限の効果の出る(満足する)広報紙をつくること。とはいえ、印刷物はどこまでこちらが関與しても、最後にはお客様の成果ですね。だから本質的意味ではお手伝いが“商品”。

お客様は〝お困りごと?を任せて楽しい紙面作りに専念できるよう…
 フジイ企畫ではそのプロセスが仕事。お客様にとっての課題の解決(お任せも)だけでなく、目標を成果に変えることです。
 ワープロが打てない。擔當者の加重作業。短い編集期間と納期(時間がない)。企畫に沿ったいいレイアウト、デザイン。コンクールで賞を穫る!?
 これらのことを解決して擔當者も楽しく楽になって良い紙面になることを目指します。

私たちは印刷物の安売りはしません
 そのためにはお客様の〝お困りごと?を聞き、信頼関係を築くことが最も重要な営業ファクターです。だからフジイ企畫は単純にコストカット提案で印刷物を安く売る営業はしません。競爭の激しい印刷業界でそんなこと? もちろん発行費用問題も重要な(というか最大の)“お困りごと”の一つかも。當然、その解決も當然私たちの仕事なので是非ご相談ください。でもそれだけのお困りごとなら、他に安い會社いっぱいあるので解決は簡単。
 広報紙の制作の〝お困りごと?は種々雑多。費用の面も含めてお客様と一緒に考えていくために、この春の新規営業は『お困りごとアンケート』からスタートします。



こころの中の今ものこる『貝塚少年保養所』

閉鎖後の大阪市立少年保養所(と大阪市立貝塚養護學校)の訪問記を2011年9月にブログに書いたのがきっかけで、色々の方からコメントをいただいたので、その後記などを書いている間に何人かの方々とお友達になりました。その中には『是非もう一度見たい』ということで昨年10月末にその方と再訪問することに(40數年ぶり、初対面の舊友と廃墟探訪(大阪市立少年保養所)。この本の著者、小説家の南川泰三さんはこの時、小説のために古い時代の(昭和32年ごろ)の保養所方の証言や資料集めをされておられました。

 今回、このブログから出會った、私と同時期(1968年)に結核で入所されていた村田さんが、この南川泰三氏が『貝塚少年保養所』を暮れに発刊され、購入されたとフェイスブックに報告しておられたのを知って早速、自分も堺の図書館で見つけてきて一気に読みました。
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 貝塚にある『大阪市立少年保養所』は結核予防法による小児結核療養所としてスタート。その後の高度成長の影響で小児喘息が増え、1967年に喘息棟(つくし寮)も併設。1992年に保養所はすべて閉鎖になりました。(貝塚養護學校と寄宿舎は2008年まで存続)
 この本の舞臺から一巡り(12年)後の私たちがいた1968年當時には木造の結核棟は小説のままで、入所者もまだ多くいたような記憶です。私たち「つくし寮」生にとって、結核病棟の人とは學校で會える軽度の人だけで、この時期在籍していた村田さんとも當時は出會っていません。
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 南川さんの小説『貝塚少年保養所』の冒頭にある大阪阿倍野からタクシーで貝塚の『入所』に向かうシーンは、辺鄙だけど美しい田園風景を一部では感じながらも、希望に満ちた13歳の少年ではなく、「落ち武者のような」重い気分を背負った當時の自身の心象風景と重なり、非常なリアリティを感じました。
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自分の體験と重ね合わせて…
 ここに書かれているエピソードの多くは內容こそ違え、私自身が寮生活で體験してきたこと彷彿させる內容で様々なことを思い出します。これは私の體験の一部です。
 ひとつは、身近な僚友の「様々な形の死」の體験。寮生活しか知らなかった長期入所解放(卒業)された直後の死。また、今でいう“イジメ”問題のあった子の突然のショック死(原因は不明)。そして自分へも死神がやってきて意識が朦朧となるなか、死とはこういう感じかと感じていたこと、そして危篤の知らせで駆け付けた母が面會せずに帰ったと後に知らされた體験など。
 日々の生活では、ここでは書けないけど療養生活とは程遠い事件や、ほろ苦い話では、結核の重癥棟にいる女子に一方的に戀心を寄せて、一日に一度だけ晝食時に渡り廊下を渡ってくるのを寮の窓から毎日見ていただけだが、なぜかそれがバレていたのに接觸するすべがなかったことなどもありました。また、クラスの女子ら5~6人が集中豪雨後の學校から離れた池に遊びに行って一度に3人が溺死(これ小説の脫走事件を彷彿させる)。この溺死事件の直前には、私に関係する女子との『事件』もあったので非常に整理のつかない思いをしました。
 
 これらのことは日々の生活ではほとんど封印していますが、でも思春期のたった1年未満のこれらの體験は濃厚ではあったけど、今考えると、純粋な精神のなかのほろ苦い記憶でしかなく、本當はそれなりに結構楽しいものだった筈なのです。ただ良い意味でも悪い意味でも後の「生きること」を考える原點になっているのは確かで、これからも、まだ取り組み続けたい課題です。
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 この小説『貝塚少年保養所』は私たちにと関係する一時代の歴史の『確かな証言』記録です。


2月2日は夫婦の日

? 特別どうってことはないのですが、何かと理由を見つけて、夫婦だけで外食することも多いのですが、きのう2月2日は休日だったので「結婚記念日やし…」とまた“冠”をつけただけの會食をしようということに…。

 ただここ數日、風邪が治ったと思ったら、今度は異常な肩凝りのせいで病院へ行くかどうか…から喧嘩になり、いつものように「もうどうでもええわ」となった挙句でしたが。
 
 ところで、結婚當初、この2月2日は『夫婦の日』とちゃうか…ということで「何か意味シン」やから必ずあると思いつつ『命名』したのですが、実は夫婦の記念日としては11月22日が有名で、『いい夫婦の日』として推奨?していることを後に知りました。でもこれって単なる語呂合わせだけでしょ?。
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 別に文句をいうつもりはなかったのですが、この『いい夫婦の日』、語呂合わせ以上に、非常に違和感があります。いい夫婦があるなら、悪い夫婦もある…ってことか。我々はどっちや? そもそも夫婦は夫婦であるということだけで完結していて、『いい』も『悪い』もない…でしょ。
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 そこで『夫婦の日』でネット検索したら、2月2日の『夫婦の日』もありました。兵庫県姫路市でやってる『夫婦感謝の日』。これ納得。夫婦は永い時を重ねると、螺旋を描きながら匍匐前進している戦友と似た感覚。その永い浮き沈みを経て今生きていることをしみじみ感謝できる日。こんな記念日ならいいね。 …いつ『終戦記念日』。


いかなる狀況下でも『勝ち』にいきます

 12月のピークを過ぎかけたころ、急きょ首長選挙に出馬されたお客様から選挙広報一式を受注。年末年始のおよそ3週間、『戦時(?)』體制を組んで取り組んでおりました。 結果はというと、今回は今まで未経験の慘敗で、ようやく26日の開票結果を待って、週初めに敗戦処理を行ってきました。非常に悔しい思いをしました。こんな経験からしか書けないことがあるので、ちょっとひとこと。

 今回の選挙戦事後會議において出た話。「準備期間がなく広報方針ができず見切り発車」「選対がないため資料がメモ程度で入稿が遅い」「先方との連絡網?確認先が一定しない」など。…これって誰の話?

 一般に、選挙の勝敗やある目的での広報物への反応?効果は、その対象の人やモノの性格(性別?年齢?知名度?印象=ブランド力)や品質(內実?見栄え)、初発(スタート)地點と方針(目指す方向性や理念)、取り組む主體組織の性向(動員力?団結力?取組姿勢と行動力)、そして社會情勢(トレンド?風向き)など、様々な要因が働きますよね。

広報紙媒體の『価値と効果』を『信じる』ことが『プロ』
まず仕事をする前の大前提。第一に狀況に関係なく、広報紙の『価値と効果』を知っていること。そしてその力を『信じている』ということ。第二にもし本當に『信じている』のであれば、その他の外的條件は考えずに「いかなる條件下にあっても『必ず効果を出す』」ための方法を考えるということにつきる。それは選挙戦では得票數、その他の広報では反応率、クロージング率という數字を目指すことです。それが『プロ』です。

 フジイ企畫は『本當に伝えたいことを伝えられる形に…』が基本理念ですが、これは単なるスローガンではなく、紙媒體における〝伝えられる手法?を日々の変化の中で考えだしていくということです

 今回の経験から學ぶのは「他の方法はなかったか?」と考えることだけ。受注した以上、前述のような諸條件は「分かっていた」「予想できた」ことで、その問題は論外です。でなければ「我々は広報のプロだ」といいながら、一方では「自らの『職業』は他の様々な要因に影響されるもの」と言ってるのと同じ。つまり自分の仕事を『本當は信じていない』ということになります。戦略?戦術のミスは改善すればよいが、こんなことは我々の存在意義に関わることです。

 唯一お客様を判斷する材料は、このことに取り組む『信念』があるかどうかです。どういう信念かは関係ありません。當然、自分の思想?信條と合わない場合もありますが、そのお客様に『信念』があるなら、こちらも仕事への『信念』で考えることだけです。

 そういう意味で、この仕事をしていると、當然現在のお客様との対立陣営の仕事をすることも多々あります。フジイ企畫は下請仕事はしないので、屆け出広報物にはフジイ企畫の社名がキッチリ印刷されます。今まで古いお客様への報告は「仕事ですので…」と添えたりしていたのですが、最近は報告するだけにしました。つまり、片方には力を入れているけど、もう一方では「不本意で、手を抜いている」というニュアンスがあるみたいで、本心ではない。だからどんな場合であっても『必ず當選を目指します』と公言することにしています。



「食材偽裝表示」の何が問題や!!

「ブランド」って何だろう
 ちょっと前、食品の産地偽裝というのが問題になったが、今回は『食材虛偽表示』ということで、全國各地のホテルや百貨店で問題化されている。

 表示の物と実際の材料が違うということだが、これをよくよく考えてみると、『表示』の虛偽問題と『品質』の問題とはあまり(全くではないが)関係ない。
 こんな失態が常に繰り返されるのは商品に対する提供側と消費側雙方の『ブランド意識』という呪縛があるからである。『ブランド』って何…? 定義を調べてみると他の商品と區別するために加味される『イメージ』の総體だそうだ。

 問題は提供側も消費側も含めた大多數が、イメージという根拠のあいまいな『ブランド』力を支持しているからである。

 問題を引き起こす側の論理は『機能が同様のものは等価だ』という、安易ではあるかもしれないが、根深い根拠を持っている。これは必ずしも間違いではなく、商品を軽く扱っていることとも少し違う。これはちょっと複雑な話である。

 これを一般製造業、サービス業の場合、また我々の業界で考えればどうだろうか?
 一般的に、同様の生産プロセス経由して、同材料?同加工?同量で生産される場合、価格は同等であると考えるのが普通である。

 でも実際は企業ごとに価格の高低があるし、同一ラインでも顧客によって違う場合もある。しかも『高価格』だから『高価値』とも限らない。

 そんなことが成り立っているのは、送る側の『商品?サービス』と、受ける側の『対価』が雙方了解済みの『合意』意識の上に依存しているだけである。

 『ブランディング(ブランド化)』とは、顧客と価値の『合意』から時間をかけて『信頼』感を形成するためのプロセスでは。

 イメージアップのため他のブランド力に依存することと高級感を見せるために包裝、デザインを変えたり…キャッチを変えたり…と目先を変えることは、例の『虛偽表示』と通じるものがある。ちょっと考えてみたほうがいい。